*ナオカミです。
この馬鹿は何を思ったか会えば満面の笑みを浮かべて抱きついてこようとする。
それに深い意味などなく在るのは深い親愛の情であるようだがなんにしろ、だ。
野郎に抱きつかれて喜ぶ特異な趣味は懐が広くとも持ち合わせいないので最近は
マタドールよろしく近づいてきたところを紙一重で避けるようにしていた。
・・・・前は見た瞬間避けたこともあったが、それだと大きな声を出して。
「 待てよ。荘龍―!!」と許した覚えも無いのに下の名前でオレを呼びやがったので諦めた。
避ける度にその勢いのついた体は壁や、不幸な通行人にぶつかる。
その勢いたるや、証拠品が空を舞い、書類が通路を埋め尽くす。
通行人は堪ったものではないハズなのにコイツは落としたものを掻き集めつつもしっかりと
順番どおりに揃えているらしく、軽く怒られて終わりだ。
ここにはこの男を叱りつける人間がいないのか。
オレが止めるべきだろうとは思うがアイツも躍起であるようにオレも躍起になっている。
二十も過ぎた男二人がやってることは追い駆けっこだ。ワルツなんてシャレたもんじゃない。
ひらりひらりと互いに回り、捕まえようとする者と捕まえてみればいいと逃げる者。
舞台は裁きの庭の順路、周りも見ずに向かい合う目を見て窺う。
駆け引きにしては余りにも言葉は足らず、取り引きにしては利がなさ過ぎる。
誇りと言うには幼く、児戯にしては荒々しい。
二人して何をしようとしたのかは忘れ、いかにくだらないかだけは覚えていた。
―――――ゆっくりとスローモーションで落ちていく書類を他人事のように眺める。
今日遅くままで掛かって整理された書類はかなりの枚数だ。
テンガロンハットのカウボーイは膝をついてわたわたと拾い集めるも
その手は不器用に動いて順番通りにするも揃っておらず、端々が折れたり皺が入る。
「ご、ごめん!!悪かったって!」
「次からは気をつけるんだな、テンガロン。」
疲労と衝撃とが出た顔を怒りだと受け取ったアイツは怒られたガキみたいな顔になる。
その情けない顔に笑いが込み上げた。
譲歩、と見せて悟れぬようにふてぶてしく笑え。
ドン
バサバサバサバサ
再三言うようだがヤローに抱きつかれて悦ぶ特殊な性癖は無い。
散らばった書類にはウェスタンブーツの薄い靴底の跡。
せこいようだがA4のコピー用紙と黒のインクカートリッジの代金を請求してやろうと、
オレの背中にガッチリと手を回し、胸の辺りで笑いをこらえている男のテンガロンハットを凹ませるべく
拳を振り上げた。
過ち
(fault n.) 当方の犯す違反の一つであって、他人様の犯す違反の一つとは
区別されている。というのも、後者は犯罪であるからだ。
CAST
テンガロンの検事
赤い弁護士
(嫌いよ。)
数年前の幼い彼も今のこの男も。
「どうしたの?」
身を強張らす、私に気遣うように男が訊いた。
笑みはあの頃と変わらないあどけなさを称えて。
年齢に似合わない口調は高いトーンで、無邪気を装う。
着慣れない服はやはり気持ちが悪くて、
首に掛かる重みも、腰まで届きそうな黒髪も。
回された腕が抱きしめる背中も、男の瞳に映るこの顔さえも。
(なにひとつとしてわたしのものじゃない。)
閉ざせなかった瞳は
意地らしさではなく、
落とされることのない口付けを予感していた。
アマゾン
(Amazon n.)
女性の権利とか男女平等とかいったものにはさして関心を
持たなかったらしい古代種族の一つ。
無分別にも男性の首をひねる習慣があったところから、
結局自分たちの種族を絶滅させてしまったのは、残念なことである。
CAST
青い弁護士
日傘の君
寝転んだソファの上に掛かる影は蛍光灯の光と中途半端な
窓は入いる光で顔がよく見えない。
清潔にアッシュグレイの髪を分ける高そうな整髪料の匂いに、
品良く抑えられたコロンの香り。
その二つに微かに混じる紅茶の薫りだけはぼくが出した
安物のティーパックのもの。
近づいてきた顔に影は薄れて、こんなときでも消えない
眉間の皺がきゅと泣く寸前のように寄せられる。
瞳は目の中で波のように揺れていて、瞼は伏し目がちに上下した。
一つ一つの動作と造詣は絵画のように静かでありながら、
ソファを掴む白い指は無駄に力が込められて跡が残ってしまいそうだ。
結ばれた唇は何か言いたげに薄く開かれては閉じられて―――――――
(ああ、なんてじれったい!!)
ぼくは、乞おうとする律儀で無粋な唇に人差し指を差し当てて、
わななく咽元に口付けた。
阿片剤
(opiate n.)
「自己認識」なる牢獄に見られる錠の下りていないドア。
そのドアは牢獄の運動場に通じている。
CAST
赤い検事
青い弁護士
含蓄を含み、その手に持つカップの中身のようにブラックが広がる言い回しは
遠回しでいて舌を刺す酸味のように痛くもあるし、
独特の苦味はそれでこそいつもがぶ飲みしている珈琲のカフェインが入ってしまっている
のではないかと真剣に考えてしまうほど癖になる。
つまるところもしかしたら自分はそれが聞きたくてワザと怒らせてしまうのかもしれない。
――今回は故意じゃない。
無意識の内の故意だったのではないかとわかったが、そのことを考えていて。
聞き逃してしまったのだ、その聞きたかったことを。
「・・・・えーと。Once more Please?」
「クッ・・・・・・・・カウボーイの癖にイヤに丁寧じゃねぇか。」
「親しき仲にも礼儀ありかな、って。」
「I beg your pardon?」
「…Once more Please?」
「もう一度言ってくれって言ったんだぜ。」
「なんだ。だったら言う必要ないだろ。」
「Pleaseがつきゃなんだって“お願い”になるわけじゃねえ。
いい豆を使えば旨い珈琲が煎れられる、そうなのかい?」
インスタントよりは挽き立ての方がいいだろうし、豆で買ってきたら尚更だ。
自分で飲むときはインスタントだし、豆で飲むのは――――
「荘龍はいつもイイ豆選んでるだろ?」
「わからねぇなら、この神乃木ブレンド101号・・・・奢っちゃうぜ。」
替えのテンガロンを忘れて巴ちゃんとすれ違ったのに
ナチュラルにスルーされたことを思い出して
差し出されたカップにテンガロンハットを押さえる。
「な、何号でもおいしいじゃん。どれが何号かわからないけど。」
「――――アンタが煎れたらオレのブレンドでもどうなるかわからない、
そう言うこった。」
「あーなるほど!」
「クッ・・・・本当にわかってるか怪しいもんだぜ。」
珈琲の薫りを味わってから。
ごくり、と珈琲を一口飲む動作は真意を問うときだ。
「つまり―――――――――――
オレが珈琲を飲みたいときは荘龍に頼めばいいんだよな。」
バシャ
テンガロンのツバから垂れる珈琲の向こうには。
やや俯いてわかり辛く顔を赤くした荘龍いて。
たぶん、怒っているのだと思った。
久々に奢られた珈琲はちょっと冷めて。
番号も言わんとすることもよくわからないけれど、苦かった。
でもやっぱりうまい。
「I beg your pardon?」
アフォリズム
(aphorism n.)
前もって消化し易いように調理してある人生の英知。
CAST
テンガロンの検事
赤い弁護士