電気ネズミはアポロジャイズの夢をみるか
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01 たたく
2008/09/05 [Fri]
ぱん
存外に響いた乾いた音は静かな執務室を更に静かにした。
音の割りに手は痛くない。
手を傷めないようにと殴らずに平手で叩[はた]いた
のだからあたり前であるけれどもぜんぜん痛くなかったので
なぜだか興醒めしてしまった。
御剣は打たれた微かに赤くなった頬に手もあてないで、
これはただ単に彼はそういう行動をとりそうだと思っただけ
なのだけれども、ぼくを見ていた。
こういう表情を呆然とした、と表現するのか。
色素の薄い目は叩いたぼくを責めていなくて、
責め始める前に伏せられた瞼といっしょに消える。
「ねぇ、御剣。なんで痛くないんだろう。」
掌に感じる衝撃からの熱はどんどん
その性質上で空気中に吸収されて冷めていく。
むず痒く感じた痛みは霧散していって感覚が戻ってきた。
伏せられた瞳はぼくを見返すことをしない。
まるで見の前の物体を映し、視神経を通して脳に認識させる、
と言う一連の機能を忘れてしまったかのように、
狭めて敷かれたカーペット、絨毯だろうかに定まっている。
ぼくは、きみを責めていないよ、
と何度でも言ってあげているのに、謝罪を求められているかの
ような素振りをとるので、ますますきみを許せなくなった。
許せなくなったと言うことは許せないようなことを
きみがとったかと思い返せば、理不尽なのかもしれない。
きみは、悪くない。きみはなにもしなかったんだから。
ぼくがひとりで怒っているだけで、
きみはどうしてぼくが怒っているのかわからずに
つったってしまっている状態なんだろう?
でも、ぼくは反省していない。
きみがぼくに対して意味もわからずに感じている罪悪感以上に。
ぼくがきみを叩いて、なにがいけないの?とさえ思っている。
傲慢だ、不遜だ、身の程知らずの身の丈合わずで、身勝手なんだ。
ぼくはきみを叩くたびにぼくと言うものに失望を禁じえない。
ぼくはどんどんぼくを嫌いになってしまうのに。
きみはぼくから離れずに傍にいてくれるのだから、笑ってしまう。
「殴るほうが痛いと思ってたのに。」
殴るじゃなくて叩くだろうというのは些細な矛盾である。
キャッチフレーズのセオリーだから、この台詞は。
ありがちで、用法は反対であってでも同じで。
引いていく掌の表面の赤みときみの頬の赤みに。
こんなにも残念がっているぼくというものがわからない。
御剣の瞳がチラリとぼくを窺うように泳いだ。
(ひっぱたきたい)
悪びれずにぼくは考える。
殴りたいではなくひっぱたきたいのは
自己防衛本能ではなく、痛みから逃げるというもの、
きみであるからだ、と答えが出た。
たたく
(左頬は今日も差し出される。)
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