午後の喫茶店は平日でも込み込みとしている。
流れている音楽は緩やかなボサ・ノヴァであるがそれを知っているものは
少ないであろう。
客層のラインナップは早く仕事を切り上げたのかサラリーマンやOL、
学校帰りの女子高生、近所付き合いの主婦と落ち着いた老夫婦。
普段自分が行くようなところでは見受けられない様々な人種の
ざわめきがメロディをかき消しもする。
落ち着いた色合いの証明、つるりとした陶器のカップ、
椅子はシックな黒で細身で木は木目を生かした作りだ。
チェーン店にしてはいい作りであるが、
この席を埋め尽くす客によって乱されているようだ。
彼はボサ・ノヴァのバチーダのメロディにのせられた柔らかな囁く
ような女性の声と店内の人々の喧騒とドリンクを入れる音などにも
耳を傾けて、顔を緩めていた。
「悪党って言われことあるかい?」
「弁護士に面と向かって言うことではありませんよ、成歩堂。」
「その顔はあるってことかな、わかり易い。」
「プロのギャンブラーに言われたくないですね。」
「プロって言っても僕はそれ自体で金を儲けてるんじゃないし、
時代錯誤じゃないか。その罵り方。」
「それならば、私だってそんな最近では滅多に聞かない言葉を
叩き付けれたことはないですよ。」
「言われるような覚えはあるけれど?」
「ありません。」
「どうだかね。あやしいものだよ。」
「そのあやしいもののお金でお茶を飲んでいる人に
言われたくないですね。」
「やだな。いつも通りに受け流してくれよ。
ぼくだって虫の居所が悪い時もあるし。」
「愚痴ですか。」
「いやあ、ぼくはグチを零せるような友人を持って幸せだな。」
「これはまた、態とらしい。」
「ごめん、昔は役者をこれでも目指していたんだけど。
流石に使う場面がないと棒読みになっちゃうみたい。」
よく聞いた空調もこのような場合の喉の渇きをどうしようも出来ない。
成歩堂もそれは変わらないらしく、アイスティーにレモンリキッドと
シロップを入れようとパキッと言う間の抜けたパッケージのカドを折る音を立てる。
湿らす程度に口に含んだアイスティーは値段から鑑みてなかなかだ。
「きみは民事も得意だろ?
特に財産関係なんて金が儲かる分に罵られるんだろうなって期待
してんだよ。」
「いやな期待ですね。確かに儲かりますけど。」
「今の顔。鏡で見てみるといいと思うな、ぼくは。
すごいヨカったよ。」
「ええ、良い仕事だったので。」
「・・・・結構正直だな、そういうところは。」
「私はいつも正直ですよ。」
「自分に?」
「あなたと同じように。」
「人生って短いらしいから正直に生きた方が楽しいじゃないか。」
「臆面もなく刹那的快楽主義者ですね。」
「うん、悪党って言われるくらいにね。全然巻き上げてないのに。」
「・・・・言われてるんじゃないですか。」
「一勝負で何百万と一勝負で何万だったら、どう考えても悪党じゃ
ないんだけどなあ・・・・せいぜい小悪党だろ。」
「弁護を同列に扱わないで下さい。
それと小悪党なら許せるんですか?」
「小悪党って響きがカワイイと思わない?」
「――――まず、自分の年齢を思い出しましょうか。」
もしかして自分にピッタリと思ってるんですか?
とは小首を傾げた彼に言えなかった自分に
私はその日失望を禁じえなかった。
小悪党
(small villain n.)
小さな悪事を働く不貞の輩。
憎みたいのはやまやまであるが往々にしても憎めないものがその数に比例して
多いのも特徴的がある知恵ある人(Homo sapiens)。
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